
第一回ポスター(982KB)

第二回ポスター(151KB)

第五回ポスター(188KB)

第六回ポスター(85KB)

第七回ポスター(129KB)

第八回ポスター(139KB)

第九回ポスター(142KB)

第十一回ポスター(191KB)

第十二回ポスター(163KB)

第十三回ポスター(134KB)

第十四回ポスター(171KB)

第十五回ポスター(136KB)

第十六回ポスター(174KB)
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第1回ワークショップ「幸福を哲学する」(2003/12/20)のプログラム
第1部 レクチャー
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アリストテレス ― 古代ギリシャの幸福・観照的/政治的生活(池田友弘)
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カント ― 幸福と道徳の関係(小山英志)
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ショーペンハウアー ― 心の平静さ(苦悩からの解放)としての幸福(上野山晃弘)
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ラッセル ― 幸福な人とは?(鍋島洋子)
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現代的幸福 ― 現代の幸福について考える(柏本隆宏)
第2部 グループ・ディスカッション(少人数のグループに分かれて意見交換)
第3部 全体ディスカッション(グループ・ディスカッションの報告と全員での討議)
第2回ワークショップ「苦悩を哲学する」(2004/2/21)のプログラム
第1部 レクチャー
- ゲーテ『ファウスト』における苦悩(国枝功)
- ショーペンハウアーにおける苦悩(多田光宏)
- キリスト教における苦悩(柏本隆宏)
- 仏教における苦悩(田邊正彰)
- 兵士の苦悩――マキアヴェリのテクストから(伊藤貴雄)
第2部 グループ・ディスカッション(少人数のグループに分かれて意見交換)
第3部 全体ディスカッション(グループ・ディスカッションの報告と全員での討議)
第3回ワークショップ「エコロジーを哲学する」(2004/5/15)のプログラム
第1部 レクチャー
- 『美しい日本の私』〜川端康成のノーベル賞受賞記念講演から、日本の
人と自然とのかかわりを考える〜(藤原和弘)
- ハイデガー哲学から見るエコロジー〜近代的人間中心主義への警鐘(芳野徳洋)
- エコロジーは倫理たりえるか?〜“地球にやさしいことをせよ”が道徳規範?シュバイツァーの“生きんとする意志”をとおして考える(上島洋一郎)
- ショーペンハウアー哲学から見るエコロジー〜生態系とは資源エネルギ
ーの循環のことか?(小山英志)
- 草原の国で見たこと、考えたこと〜モンゴルでの経験から、現代社会と
エコロジーとの関係について問う(小脇紀和)
第2部 グループ・ディスカッション(少人数のグループに分かれて意見交換)
第3部 全体ディスカッション(グループ・ディスカッションの報告と全員での討議)
第4回ワークショップ「芸術を哲学する」(2004/12/09)のプログラム
第1部 レクチャー
- ドイツ教会建築様式の歴史にみられる共苦・共生の理念(鎌田康男)
- ショーペンハウアーの芸術論(上野山晃弘)
- プッチーニ『ラ・ボエーム』における愛(芳野徳洋)
- ゲマインシャフトとゲゼルシャフトにおける動物(西澤真則)
第2部 グループ・ディスカッション(少人数のグループに分かれて意見交換)
第3部 全体ディスカッション(グループ・ディスカッションの報告と全員での討議)
第5回ワークショップ「宗教を哲学する」(2005/3/05)のプログラム
- コーランにおける欲望のマネージメントと救済の思想(荒木 雄介、瀧本 拓史、前田 彬宏、有田 和生、世一 英介、原田 一成)
- ショーペンハウアーにおける宗教(高橋 誠也)
- 根元悪としての戦争――カントの宗教論から(伊藤 貴雄)
- エックハルトとハイデガーのGelassenheitについて」(ヴォルフガング・シュタイナー、[通訳] 堀 郁)
- ペシミズム的社会とペシミズム的宗教。ショーペンハウアーと仏教(鎌田 康男)
第6回ワークショップ「自由意志を哲学する」(2005/05/29)のプログラム
- 「アウグスティヌスの自由論
― ハンス・ヨナス 『アウグスティヌスとパウロ的自由の問題』 を読む」(吉本 陵)
- 「ショーペンハウアーの自由意志論」(三木 康裕)
- 「自由精神と自由意志 ― ニーチェの自由論」(竹内 綱史)
第7回ワークショップ「道を哲学する」(2006/02/18)のプログラム
- 情報システム開発の現場から(万仲 龍樹)
- 意志の否定という道(芳野 徳洋)
- この道はいつか来た道? ― 近年の日本人と倫理観をめぐる言説から アイデンティティを考える(稲津 秀樹)
- ニーチェにおける「超人への道」 ― 『ツアラトストラ』 にみる精神の「三様の変化」(松野 正淳)
第8回ワークショップ「教育を哲学する」(2006/07/29)のプログラム
- 学校教育の可能性と現実(岡崎 尚子)
- 大衆化社会における自律性の獲得(牧浦 寛)
- 生徒とは誰か ― ディルタイの教育論(上島 洋一郎)
- 「文化祭」と「教育」― 太田順一「女たちの猪飼野」にみる八十年代在日コリアン ―(稲津 秀樹)
- 現在の高校教育における倫理について(松野 正淳)
第9回 ワークショップ「女性観を哲学する」(2008/2/24)のプログラム
- ニーチェの女性論 ― 永遠回帰の肯定とアリアドネ ― (松野 正淳)
- 和解の哲学 ― 中島みゆきとナウシカを繋ぐもの ― (吉本 陵)
第10回 ワークショップ「女性性を哲学する」(2008/6/8)のプログラム
- 宮崎駿『もののけ姫』にみる女性性 (堀 郁)
- 山川菊栄と現代の女性観を哲学する (小林 君雄)
- 男尊女卑ー社会における女性差別ー (島田 慎太郎)
第11回 ワークショップ「宗教と文化のはざまで」(2009/2/28)のプログラム
- 神話の機能について 長谷川 琢哉
- 生け花にみる宗教と文化 位田 佳永
- 葬式仏教を考える 竹内 綱史
- 九鬼周造『「いき」の構造』から読み解く宗教性 橘 綱男
- ドイツ旅行記:キリスト教会の建築と礼拝に見る宗教性 林 由貴子、岩崎 亮太
第12回 哲学ワークショップ「生命論と公共性」(2009/7/19)のプログラム
- ハンス・ヨーナスの生命論 吉本陵 (大阪府立大学大学院人間文化学研究科博士後期課程
- 生命と形 ― ゲーテ自然研究と自然保護思想のはざまで シュタイナー 堀 郁 (関西学院大学非常勤講師)
- 強制される善意と生の画一化 西 章 (関西学院大学非常勤講師)
- 公共性の現場にみる生命・環境の関わり 中川 芳江 (株式会社ネイチャースケープ・関西学院大学非常勤講師)
第13回 哲学ワークショップ「権力を哲学する」(2010/3/14)のプログラム
- わがらで考える地域の未来 ― 人口450人の山村での生活を通じて 岩崎 亮太 (関西学院大学)
- 倫理としての「畏敬の念」 ― 反権力的考察 高田 祥太郎 (関西学院大学)
- 恋に恋することについて ― 恋愛言説と権力 竹内 綱史 (龍谷大学)
- 権力か、権威か? ― 現代ドイツの教育の問題点 シュタイナー 堀 郁 (姫路獨協大学)、ヴォルフガング シュタイナー (アウグスブルク大学)
第14回 哲学ワークショップ「大学を哲学する」(2011/2/13)のプログラム
- 大学における「遊び」の意義の考察 ― ホイジンガの遊びの視点から 塙 恵美 (関西学院大学)
- 哲学的大学論の諸相 竹内 綱史 (龍谷大学)
- 大学教育に第二外国語授業は不要か? ― 〈大学〉で語学を学ぶ意味の考察 シュタイナー堀 郁、ヴォルフガング・シュタイナー (関西学院大学)
第15回 哲学ワークショップ「ボランティアを哲学する」(2011/7/31)のプログラム
- 日本社会の共同体概念の変遷からみる「ボランティア」 ― 「関東大震災」と「東日本大震災」を例に ― 太田 匡洋 (京都大学)
竹林 克将 (京都大学)
- ヨーロッパにおける「ボランティア」概念の成立史 林 由貴子 (関西学院大学)
第16回 哲学ワークショップ「技術を哲学する」
[日時]2012年2月12日(日)14:00〜17:00(終了後の懇親会も予定しています)
[場所] 関西学院大学大阪梅田キャンパス(アプローズタワー14階) 会議室1407
[オンライン参加] 哲学ワークショップは、Skypeによるオンライン聴講(音声中継)も参加可能です。発表者へ質問をしたいときなど、一部双方的な参加が可能です。
オンラインでのご参加をご希望の方は、事前に下記の申し込みフォームにお名前とSkype IDをご記入の上、関西地区世話人までご送付下さい。詳しい参加手順説明をお送りします。
[プログラム]
13:30 開場
14:00 開会
14:05 レクチャーと質疑応答
◆「放下かミメーシスか?−計算的思惟をめぐるハイデッガーとアドルノの思索−」
西 章 (関西学院大学)
◆「カントにみる技術と啓蒙」
河村 克俊 (関西学院大学)
15:45 小休憩
16:00 グループディスカッションと全体討議
17:00 閉会
懇親会
[レクチャー要旨]
放下かミメーシスか?
−計算的思惟をめぐるハイデッガーとアドルノの思索− 西 章 (関西学院大学)
私たちは、計算的思惟によって合理的に構成された技術的世界において、物質的な豊かさを享受しながら、これまで日々の生活を営んできましたし、今もそのことに変わりはありません。とはいえ、フクシマ以後、私たちはこうした生活を無批判に営むことに、朧げながら負い目を感じていることでしょう。しかしその負い目を感じつつも、現代技術によって引き起こされる問題を技術的に解決することにのみ奔走し続け、技術の本質に対する落ち着いた思索は行われていないのが現状です。
本発表は、こうした現状を踏まえた上で、ハイデッガーとアドルノの思索を参照しながら、技術を駆使する計算的思惟一色に染まっている私たちのあり方に伏在する問題を剔出し、そうしたあり方とは別のあり方の可能性を示すことを目的とします。その際、鍵概念となるのが、「放下」(ハイデッガー)と「ミメーシス」(アドルノ)です。これら二つの概念によって示されている事柄を相互補完的に実現することに、計算的思惟一色に染まったあり方とは異なる、より望ましいあり方の可能性があることを示したいと考えています。
「カントにみる技術と啓蒙」 河村 克俊 (関西学院大学)
一般的に考えるならば、技術は人間理性や自由とともに自然に対立する概念と考えられるだろう。技術は特殊人間的な「わざ」であり、その担い手は広義の人間理性であって、技術的な事柄は実践理性の問題圏にあり、仮言命法(「もし〜を欲するのであれば、〜しなさい」)の枠組みのうちに反省される事柄である。これを実践の原則に即してみるならば、1)様々な目的を達成するための手段の選択に関わる「熟練の規則」(技術的命法)、2)幸福を促進するための手段の選択に関わる「怜悧の助言」(実用的命法)に関わるといえる。そしてこれら技術的‐実用的命法と異なり、定言的に命令するのが「道徳の命令」である。前二者は「私たちは何をなしうるか」に、そして「道徳の命令」は「私たちは何をなすべきか」に関わり、その限り対立する関係にあるといえるだろう。この三つの命法のうちに技術の問題を考えてみたい。また、第三批判で提示されている「自然の技術」についても言及したい。
--------------[オンライン参加申し込みフォーム]-------------
第16回 日本ショーペンハウアー協会関西地区 哲学ワークショップ
お名前:
Skype ID(新規・変更の方):
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