開催の辞
会長:鎌田 康男(関西学院大学名誉教授)


 本年度の全国大会は「郵便とメールとによる熟議学会」として開催されます。その経緯および趣旨につきましては、会員の皆様に郵送された大会案内、および 「開催の趣旨説明」をご覧下さい。
 今年度の全国大会シンポジウムのテーマは「苦としての世界」です。このテーマは、本協会が長い間あたためてきたものですが、全世界での新型コロナウイルスの感染拡大という事態に苦しむ今、はからずもタイムリーなテーマとなりました。現実に経験されている苦に対しては、人命および、医療を含む必須の社会機能を守りつつ、早期の感染終息のために最大限の努力を続けることが求められます。苦の問題は同時に - 少なくとも哲学に関わる者に対しては - 「苦としての世界」の経験を成立させる条件、すなわち私たちの生き方そのものへの熟慮反省をも要求します。
 人類は、自然災害、飢餓、病気、死など、さまざまな生存の危機に直面し、恐れおののいてきました。古代以来の社会の組織化と穀物生産の拡大は、これらの「自然的苦」を一定程度回避し、不可避の死の到来を遅らせることができたことでしょう。さらに物質的、精神的なゆとりと豊かさとが創出されました。しかしすぐに、これらのゆとりと豊かさとの不均等な配分に起因する「社会的苦」の問題が加わりました。これらのプロセスを担う人間の知性は、生活の質を向上させると同時に、それらの苦の自覚を強め、あるいは他者の苦を増幅させるエゴイズムの強化にも関与しつつ、「精神的苦」をも現出させることになりました。
 上述のような、世界におけるさまざまな苦の経験の集積を「苦としての世界」の経験へと組み替え、苦の経験の一般的条件を明らかにすることによって苦からの解放を目指す知の新たな形式が、西洋・東洋の古代において哲学の諸潮流や諸宗教をはぐくみ、その思考伝統は中世から近現代にまで引き継がれていきました。
 政治・産業革命の時代を生きた近代人ショーペンハウアーも、当時の多様な苦の諸問題に、「苦としての世界」への問いという哲学的な土俵で取り組もうとした哲学者です。そしてニーチェを経て私たちの生きる現代、ことに新ミレニアムの時代が遭遇している具体的かつ多様な苦の問題は、どのような光に照らされ、どのように現れ、またどの方向に向かっていくのでしょうか。
 現代のせわしない喧噪が届きにくい「熟議学会」において、この重要な思索が深められていくことを切に願うものです。
 準備内容が多く、しかも未知の実験的企画であるために、協会の新旧事務局での総力戦による準備となりました。関係者の皆様にはこの場を借りてご尽力に心より感謝申し上げるとともに、参加者の皆様には活発な議論と熟議による多くの学びある学会となることを祈願しつつ、開催の辞といたします。
2020年12月19日



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